風水について
当社会長は近代墓相学の祖である中山通幽尊師の教えの下、 建墓建塔学・建墓造塔学博士第1号を取得。 正しいお墓の建て方、祀り方を伝える第一人者として全国の石匠を導き、 日本の石産業界を牽引してきました。 お墓作りのスペシャリストとして 正しい納骨のあり方・写経の実践、そして供養法を指導し、 商いとしての売る為の墓石ではなく、 供養する墓碑・墓塔作りをご提案させていただきます。 お墓は正しく建てて、骨をおさめ、必要に応じて自らの写経を収め、 よく祀れば子孫繁栄に足りる家運増進にとって最も大切なことです。
気学・風水学・五行説に基づいた建立指導を行います。
風水にも基づいた運を招く正しいお墓の建て方、祀り方を鑑定させて頂きます。
中山通幽尊師
通幽尊師は、江戸末期、今の岡山県高梁で誕生され、昭和十一年までご在世になりましたが、その七十余年の間に、全国各地に諸々の福田を行じられ、加えて、それらの福田行の中で多数の人々を善導救済されました。そのため京都嵯峨の天龍寺の傑僧関精拙老師も、尊師のことを「塵中の菩薩」とまで歎称なさっている程です。
そしてまた、尊師は、お墓のことに特に力を注がれ、全国各地において、放置されていた無縁墓を集め、祭壇を築いて安置し、篤く供養されました。その数は、実に二十万基にのぼると推定されます。更にまた、多くの人々に先祖の墓の大切さ、およびその正しい建て方と供養の仕方などをお教えになりました。そのため人々は、尊師のことを「墓王」と崇めた程でした。
福田海という法団
「福田海」というのは、中山通幽尊師を中心に、尊師を崇敬する人々が集まって自然にできあがった法団の名称です。この名のうちの「福田」とは、功徳になるような善事をすることですが、尊師は、これをつぎのようにお教えになりました。
「道ばたの草むらに石地蔵尊が倒れておられるとする。通りかかった人が、それに気付いて、もったいないことだと思い、地蔵尊のそばにしゃがんで一心に般若心経を唱えて、立ち去った。しばらくして別の人が来た。その人は地蔵尊を見るとめんどうだなぁと思いながらも、かかえ起こし、それなりで行ってしまった。
後の人のしたことが、福田である。前の人のように、いくら心の中でもったいないと思ってみても、また、いくら口に経を唱えてみても、それだけで立ち去ってしまえば、地蔵尊はやはり倒れたままである。後の人は地蔵尊を起こした。今まで倒れていた地蔵尊が起きられたということは、誰の目にも明らかに見えることである。福田とはこのように、その結果がはっきりした形をとるものだとも言える。」と。
また、尊師は、「福田海」の「海」の字については、つぎのようにお教えになりました。「福田会と書いて会の字を用いれば分かりやすいが、これでは狭いものになってしまう。海は、百川の王と謂われ、総ての川が流れこむ所である。包容力の大きいものだ。つまり、どんな宗旨や宗派の人でもいっしょに集まって福田をしてゆくことのできるのが福田海である。」と。
通幽尊師のお墓に関するお教え
その一
木にたとえれば、花や実が人、根が先祖、つまり墓である。墓を正しく建て、先祖を篤く供養すれば、自ずと人の運も開けてくる。
そのニ
親の墓は子が建てるようにする。そのことによって相続が確立する。墓は相続のものである。
その三
古墓を整理する時も、祖父母以下の墓は残すようにする。そうした墓は、木で言えば立根である。
その四
分家には分家の墓地が要る。墓は家の根である。分家という家にも根がなくてはならぬ道理である。
その五
夫婦は、一基の墓に祭る。これは陰陽そろったもので、寿徳がある。
その六
墓と家は見合っているのがよい。墓は陰宅、家は陽宅である故、陰陽のつり合いがとれていねばならぬ。
その七
たとえ親類であっても、他家の霊を自家の墓地に祭るのはよくない。家運が複雑になる。(絶家の霊の祭り方は、その二十三を参照のこと。)
その八
墓は、拝み石・中段の石・下段の台石の三石によるのが定相である。三石は、下から順に福・禄・寿の徳を受け持つ。
その九
墓の福石は一枚石がよい。禄石は厚いのがよい。寿石の奥行は巾と同じにする。
その十
墓文字は壇那寺の住職に書いてもらうのがよい。それは霊界のものである。
その十一
墓の正面には戒名を刻し、俗名は側面に入れる。死ねば戒名が名である。家紋、位階勲等、履歴などのような現世的なものは墓石には入れぬようにする。
その十二
年頃になって死んだ娘の墓は、上に観音像をおのせする。子供の場合は、地蔵尊の立像をおのせするのがよい。
その十三
草木の生えぬような地は、墓を建てるに適さない。風水学では、草木の生ぜざる土地には住せず、というが、墓地も同じで、地徳がなくてはならぬ。
その十四
墓地には境界が要る。これがないと独立性の弱い家運となる。また、墓徳も散りやすい。
その十五
墓のことをするには、功徳が要る。功徳をぬきにして、墓石の形や色や大きさなどだけ言うのは、墓相ではなく、石相の階段のものである。
その十六
墓は外から直せるものではない。功徳によって、中から直ってくるものである。
その十七
功徳を積む一般的な法は、写経である。経を小石に書き写したものを写経石というが、これを墓地に建てる塔などの下に納めるのである。
その十八
墓地には、宝筐院塔か五輪塔を建てるのがよい。塔は、功徳聚である。加えて、塔には中心の徳もある。
その十九
古墓を整理する時は、塔を建てて、その下に整理した墓のお骨を納める。かくすれば、霊の不足がない。
その二十
古墓を整理して不要になった墓石は、割ったり埋めたりせず、祭る形で処理するがよい。特に拝み石は丁重に扱わねばならぬ。
その二十一
総墓一基だけですますのは感心しない。止むを得ぬ場合は、下に写経石を納め、経徳によってその欠を補うようにする。
その二十ニ
塔などに写経石を納める時に、写経石とお骨壷とが接しないようにせねばならぬ。
その二十三
絶家の霊は、塔を建てて祭るのが良い。墓では相続者が要ることになる。
その二十四
墓の納骨室の底は、土のままにしておく。地徳を受けるためである。また、コンクリートで塗ったりすると、水がたまりやすい。納骨室やお骨壷に水がたまるのはよくない。
その二十五
立派な墓を建てても、墓参りをせねば意義は半分以下のものとなる。墓は祭るに篤きが吉相と言える。
その二十六
墓参りは、三つから成り立つ。一は清掃である。ニは供え物で、水と火は特に大切である。三が読経である。